Ver 8.1
  
 
 
  ( メキシコ共和国 )
  
  
    
[画像] メキシコ 世界文化遺産 メキシコシティ ”メトロポリタン大聖堂” を訪れる
  

”メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂”を望む  
  
  
  
 
 
  

  < メキシコシティ >  メトロポリタン大聖堂  テンプロ・マヨール  歴史地区(旧市街)  メキシコ大学  
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世界文化遺産登録 ”メキシコシティ歴史地区とソチミルコ”

( 世界遺産  1987年  月登録 )

 
 「メキシコシティ歴史地区とソチミルコ」は、人口2000万を数えるアメリカ大陸最大の都市メキシコシティーにある行政区の一つであるソチミルコと、メキシコシティーの地下に眠る古代文明の遺跡から構成される世界遺産です。

 南アメリカにはかつてアステカ帝国が栄えていましたが、16世紀にこの地を征服したスペイン人によりその文化、建築物は全て破壊されてしまいました。ところが、1978年になって中南米最大の大聖堂の地下から偶然アステカ帝国時代に作られた石積みが見つかり、メキシコシティーはアステカ帝国の遺構の上に建設された都市であることが分かったのです。

 その後の発掘ではアステカ文明の大神殿が姿を現し、失われたアステカ帝国の文化が地上に復活することとなりました。謎多きアステカ帝国の首都テノチティトランはテスココ湖内の島の上に建設されたのですが、メキシコシティーの南に位置するソチミルコはその湖の一部であり、今も残るアステカ時代の農業の名残が、アステカ帝国繁栄の当時を偲ばせます。

<構成遺跡>
   ●・メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂
   〇・テンプロ・マヨール
    ・国立宮殿
    ・べリヤス・アルテス宮殿(国立芸術院)
    ・ソチミルコ

<メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂>
 メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂は、アメリカ大陸の中で最大のキリスト教建造物です。メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂は、16世紀アステカ帝国を滅亡に追い込んだスペインのエルナン・コルテスの命によって建てられた巨大建造物です。

<テンプロ・マヨール>
 テンプロ・マヨールは、かつてこの地にあったアステカ帝国の首都テノチティトランの大神殿跡です。1978年、メキシコシティ中心部にあるカテドラル(大聖堂)北東部で行われていた電気工事中に、直径3.25mの一枚岩の円盤が発見されました。円盤の発見は、かつて、ここにアステカ帝国の大神殿テンプロ・マヨールがあったことを示す世紀の大発見でした。

<国立宮殿>
 国立宮殿は、アステカ帝国を征服したスペインのエルナン・コルテスが自身の宮殿として建設したものです。国立宮殿の最大の見どころは、宮殿の正面階段周辺を覆い尽くす壁画です。「メキシコの歴史」と題された壁画は、現代メキシコ芸術の巨匠ディエゴ・リベラの最高傑作と称されています。

<ベジャス・アルテス宮殿(国立芸術院)>
 ベジャス・アルテス宮殿(国立芸術院)は、メトロポリタン大聖堂と並び壮麗な建造物の筆頭に挙げられるほど美しい建造物です。建物外観は、アールヌーボー様式、内装は、アール・デコ様式に統一されており、幾何学的なデザインが目を引きます。建物内部には、メキシコ芸術界の巨匠と呼ばれるリベラ、オロスコ、シケイロスなどの壁画が数多く残されています。

<ソチミルコ>
 ソチミルコとは、アステカの言葉であるナワトル語で「花畑のあるところ」を意味し、かつてメキシコシティが水上都市だった時代の名残が残る場所です。ソチミルコは、アステカ時代の風景が残る「アステカの生きた遺跡」と呼ばれ、当時を偲ばせる場所として世界遺産に登録されました。


       (世界遺産オンラインガイド HPより)


                                  ●印は、写真を掲載をしています
 
     
 
 





 1.メキシコ 世界文化遺産 ”メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂” を訪れる
 
     
 メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂
(めきしこしてい・めとろぽりたんだいせいどう)
 世界文化遺産
 「メキシコシティ歴史地区とソチミルコ」1987年登録
 メキシコ メキシコシティ
 (撮影 2018.11.29)
 メトロポリタン大聖堂は、16世紀にアステカ帝国を征服したエルナン・コルテスの命によって、アステカ帝国の神殿である、テンプロ・マヨールの跡地に建設されました。
 1573年に建設を開始し、1818年の完成までにおよそ250年もの長い歳月を要しました。そのため、大聖堂のデザインはその間の各時代ごとの建築様式の影響を受け、ルネサンス、バロック、ネオクラシックが混在するデザインの建物となっています。

 大聖堂は幅は54.5メートル、長さは110メートルの大きさであります。2つの鐘楼、中央のドーム、3つのメインポータル、74のアーチ、40の支柱で構成されており、大聖堂内部には5つの大きな祭壇、16の礼拝堂があります。
     (一生旅人生活HPより)


(Size : 9,339KB) メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂を望む メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂にて




 2. メキシコシティ ”メトロポリタン大聖堂” にて
【メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂の歴史について】

 メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂は、16世紀にアステカ帝国に攻め込み滅亡に追い込んだスペインのエルナン・コルテスの命によって建てられたものです。アステカ帝国を征服した後、コルテスはアステカ帝国の首都、テノチティトランを徹底的に破壊し、新スペインの意味を持つヌエバ・エスパーニャの首都を、その跡地に計画しました。中央広場や宮殿に並び、建設を計画されたのがこの大聖堂でした。

 建設が始まった1525年当初、木造に茅葺屋根の質素な建物でしたが、次第に、ヌエバ・エスパーニャの地にこのアメリカ大陸の中心にふさわしい大聖堂を建設するべきだという機運が高まりをみせます。38年あまり経って質素な建物は壊され、壮大な計画のもと、スペインから著名建築家たちを招き、新たなる大聖堂建設計画は始動することになりました。
 250年もの歳月をかけ、完成は1818年でした。大聖堂が、ゴシック、ルネッサンス、メキシコ風バロック、新古典主義など様々な建築様式を内包した理由は、壮大な計画ゆえあまりにも時を経て完成したからです。
 この間に、1614年に伊達氏の家臣、支倉常長の使節団が訪問しています。  
                           
(田村文洋HPより)


 


メキシコシティ、メトロポリタン大聖堂を望む


メトロポリタン大聖堂への正面出入り口を望む メトロポリタン大聖堂、正面出入り口から聖堂内部を望む


メトロポリタン大聖堂、裏側の出り入口を望む メトロポリタン大聖堂、裏口付近にて



google地図より(■カーソルセットで写真表示) google地図より(■カーソルセットで写真表示) google地図より(■カーソルセットで写真表示)


メキシコシティ メトロポリタン大聖堂正面を望む





メキシコシティ メトロポリタン大聖堂、鐘楼を望む



メキシコシティ、メトロポリタン大聖堂を望む
【 後  記 】  

 メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂は、地盤の弱いところの巨大建造物のイメージがありましたが、やはり想像以上に大きな建物でした。整然と建っている姿は、歴史を感じさせる立派な建物でした。
 2017年の12月メキシコ旅行を計画していましたが、2017年9月19日の地震の影響でツアー客が集まらず催行中止となりました。当時、メトロポリタン大聖堂も若干の被害を受け、観光の一部制限されているとの報道もありましたが、訪れた時(2018年11月)には地震の影響は何も感じられませんでした。

 聖堂内は天を仰ぐように高い天井とそれを支える柱は見事で有ると思いました。また祭壇には金が多用され教会美術を引き立て輝かせていました。
 キリスト教についてはあまり知識は有りませんが、教会内にはマリア様関係の祭壇や礼拝堂が他の教会より数多くあるように感じられました。

                           
(2019.3.23)




 @お気に入り写真  (メトロポリタン大聖堂にて)



メトロポリタン大聖堂、聖堂内を望む



メトロポリタン大聖堂、聖堂内を望む



メトロポリタン大聖堂、聖堂内を望む。左側の格子のところが礼拝堂になっています。礼拝堂は全部で16ヵ所あります




 Aお気に入り写真  (メトロポリタン大聖堂にて)



メトロポリタン大聖堂、聖堂内を望む



メトロポリタン大聖堂、聖堂内を望む。左側はパイプオルガンです。パイプオルガンの黒い金属部分は1968年の火災に見舞われたときの名残とのことです



メトロポリタン大聖堂、”パイプオルガン”を望む




メトロポリタン大聖堂にて





メトロポリタン大聖堂にて



メトロポリタン大聖堂にて




 Bお気に入り写真 (メトロポリタン大聖堂にて)




メトロポリタン大聖堂、正面の祭壇を望む





メトロポリタン大聖堂、正面の祭壇にて




メトロポリタン大聖堂、正面の祭壇を望む





メトロポリタン大聖堂、正面の祭壇を望む




メトロポリタン大聖堂、正面の祭壇を望む





メトロポリタン大聖堂、聖堂内を望む。正面の祭壇の反対側の様子です
メトロポリタン大聖堂、聖堂内を望む メトロポリタン大聖堂、聖堂内を望む メトロポリタン大聖堂にて メトロポリタン大聖堂、聖堂内を望む
   
   




 Cお気に入り写真 (メトロポリタン大聖堂にて)




メトロポリタン大聖堂、黒いキリスト像(「毒の主」)を望む。
かつてキリスト教信者(毎日キリスト像の足に接吻をしていた司教)が毒に侵された際に、このキリスト像が毒を吸い取ったため黒くなったという言い伝えがあります。






メトロポリタン大聖堂、「グアダルーペ聖母の礼拝堂」を望む。
最初は洗礼堂として、そして最後はローマカトリック教会の信心会の会議室として使用されていたとのことです。






メトロポリタン大聖堂、聖堂内を望む






メトロポリタン大聖堂にて





メトロポリタン大聖堂にて



メトロポリタン大聖堂にて




メトロポリタン大聖堂にて






メトロポリタン大聖堂にて





メトロポリタン大聖堂にて




メトロポリタン大聖堂にて






メトロポリタン大聖堂にて





メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂、中央祭壇(「赦しの祭壇」)を望む。
祭壇はバロック様式で金箔によって仕上げられています。
祭壇画は1735年にスペイン人建築家のジェロニモ・バルバスによって作られました。両側の柱は人柱を表現しているとのことです。






 Dお気に入り写真  (メトロポリタン大聖堂にて)



メトロポリタン大聖堂にて



メトロポリタン大聖堂にて



メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂にて、沢山のお土産屋が出ています。(裏側出入り口付近にて)





メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂、お土産屋さんにて。(裏側出入り口付近にて)



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