Ver.4 
 日本の城に登る・歩く
[画像] 日本100名城  東海・紀州の城 (No.1 〜 No.7)
 
  
  
  
 静岡県掛川市 ”掛川城 (42)” に登城する
 掛川城 (かけがわじょう)
 日本百名城 No.42  
 静岡県掛川市
 (撮影 2012.11.24)
 掛川城(かけがわじょう)は、遠江国佐野郡掛川(現在の静岡県掛川市掛川)にあった城であります。
1994年(平成6年)4月 天守が再建されました。再建された天守は木造であり、日本初の木造復元天守となっております。
 2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(42番)に選定されています。 (ウィキペディアより) 

 車の混雑でちょうど閉館時間に到着し、天守へ登ることができませんでしたが、掛川城のライトアップを堪能することができました。
(Size:   KB) 掛川城を望む 掛川城天守望む
 愛知県犬山市 国宝 ”犬山城 (43)” に登城する
 犬山城 (いぬやまじょう)
 国宝
 日本百名城 No.43 
 
 愛知県犬山市
 (撮影 2006.11.11)
 1469年(文明元年)に織田広近がこの地に砦を築いたのが始まりといわれる。1537年(天文6年)に織田信康が居城の木ノ下城を廃し、現在の位置に城郭を造営し、移った。以後、池田恒興や織田勝長などが城主を務めた。その後、徳川時代を通じて成瀬家9代の居城となった。 (ウィキペディアより) 
 木曽川沿いににあり、鉄橋を渡るときに電車内からも見ることができる、素晴らしく美しい城である。また天守閣から眺める木曽川と自然の調和のとれた眺望は素晴らしいものがある。何度でも訪れたい城の一つであります。
(Size: 940KB) 犬山城を望む 犬山城天守~望む
 愛知県名古屋市 金の鯱の ”名古屋城 (44)” を訪れる
 名古屋城 (なごやじょう)
 国の特別史跡
 日本百名城 No.44 
 
 愛知県名古屋市
 (撮影 2006.11.11)
 名古屋城は大坂城、熊本城とともに日本三名城に並び称される名城です。天守の金の鯱(金鯱(きんこ))は、城だけでなく名古屋の町の象徴にもなっている。長らく尾張の中心であった清洲城は、関ヶ原の合戦以降の政治情勢や、水害に弱い地形の問題などから、徳川家康は1609年(慶長14年)に、名古屋に城を築くことを決定した。1610年(慶長15年)、西国諸大名の助役による天下普請で築城が開始し、1612年(慶長17年)に大天守が完成した。 (ウィキペディアより) 
 城の大きさ、石垣の大きさには圧倒されました。ただ天守内はあまりにも近代化(観光化)されていてガッガリするところも有りますが、天守閣からの眺望や城の規模はやはりケタ違いであると思いました。
(Size: 627 KB) 名古屋城を望む(1) 名古屋城を望む(2)
 愛知県岡崎市 ”岡崎城 (45)” に登城する
 岡崎城 (おかざきじょう)
 日本百名城 No.45  
 愛知県岡崎市
 (撮影 2012.11.24)
 岡崎城(おかざきじょう)は、愛知県岡崎市康生町にあった城です。徳川家康の生地であり、別名、龍城とも呼ばれております。江戸時代には岡崎藩の藩庁でありました。
 存城当時の東海地方の城では3番目に数えられる規模でしたが、1873年(明治6年)の廃城令によって廃城となり城内の天守以下の建物及び土地を払い下げ、現在は一切の建物を失いました。
 現在の岡崎城は、敷地は龍城神社、岡崎公園として整備され、天守などが復興され、市民の憩いの場になっています。 (ウィキペディアより)  

 11月の岡崎公園の紅葉を存分に楽しむことができました。
(Size:    KB) 岡崎城天守空の眺望 岡崎城天守~望む
 愛知県新城市 天然の要害 ”長篠城 (46)” を訪れる
 長篠城 (ながしのじょう)
 日本百名城 No.46  
 愛知県新城市
 (撮影 2012.11.24)
 長篠城(ながしのじょう)は、三河設楽郡長篠(愛知県新城市長篠)にあった城(平城)です。現在は国の史跡に指定され、城跡として整備されています。天正3年(1575年)の長篠の戦いに先立つ長篠城をめぐる激しい攻防戦で知られる城です。   (ウィキペディアより) 
 
 11月の紅葉真っ盛りの中、訪れてきました。
(Size: 1,513KB) 長篠城本丸跡を望む 長篠城跡史跡保存館を望む
  
 三重県伊賀上野市 ”伊賀上野城 (47)” に登城する  
 伊賀上野城
 (いがうえのじょう)
 日本百名城 No.47
 三重県伊賀市上野丸之内
 (上野公園)
 (撮影 2013.05.25)
 上野城(うえのじょう)は、三重県伊賀市上野丸之内(上野公園)にあった平山城です。白鳳城、伊賀上野城とも呼ばれています。
 長年日本一といわれてきた藤堂高虎の高さ約30メートルの石垣や三重県立上野高等学校敷地内に武庫蔵が現存し、米倉は博物館の一部として上野公園敷地内に移築現存します。
 現在、天守台にある3層3階の天守は昭和初期築の模擬天守で、正式には伊賀文化産業城といいます。   
(ウィキペディアより)

(Size: 1,707KB) 伊賀上野城、天守を望む 30mの高石垣より濠を望む
  
 三重県松阪市 蒲生氏郷築城 ”松坂城 (48)” に登城する  
  松坂城
  (まつざかじょう)
 日本百名城 No.48  
 三重県松阪市
 (撮影 2012.09.17)
 松坂城(まつさかじょう)は、現在は松阪城と表記されています。所在地は三重県松阪市殿町で、城跡は松坂城跡(まつさかじょうあと)として国の史跡に指定されています。

 城の縄張りは梯郭式平山城で、松阪市の中心地の北部に位置し、阪内川が城北を流れ天然の堀となっています。江戸時代初期には松坂藩の藩庁となっていましたが、廃藩後は御三家紀州藩の南伊勢国内17万9千石を統括するために城代が置かれていました。  (ウィキペディアより)
(Size: 1,722KB) 松坂城、天守閣跡を望む 松坂城の石垣。表門付近からの眺めです
 
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